★桜満開(姶良市加治木町)2015年04月02日 00:20:02

▲家人との見解の相違はあるし、気象台の追認も情けないが、3月31日(火曜日)を満開の日とする。桜検1級(勝手に作った資格)の私も納得した結果だ。いつもの検査コースで精矛神社(祭神島津義弘)へ。遠目ですぐ満開と感じた。数名の観賞者。続いて網掛川の公園へ。平日なので老人会の静かな花見の宴。1ヶ所ブルーシートを折りたたみイス10数個で押えた箇所があった。すぐ近くの役所関係者の場所取りであろう。川の上流へ向かいながら、はるか高台の高岡公園を望むと白くなっていた。最後は龍門滝温泉へ。桜と滝を撮影するがうまくは撮れなかった。
▲画像はPicasa3画像にしてから、ペイントとエクセルとで作成した。

★4月最初の七つ星2015年04月06日 01:01:34

picasa3よりエクスポートした
▲4月2日(木)午後2時、七つ星の写真を撮りたくて、精矛神社参道南端で待つ。目の前には日木山神社踏切。桜を入れてという試みは、構図上では無理なようで、桜が少し写る形になった。姶良市で、線路と桜並木が並列する所は他所にもないようなので、ここを選んだ。この踏切を通るほんの一瞬、北を向けば、列車内から参道から神社まで続く桜並木が見えるはずである。
▲私がnikonを首から下げていたので、通りかかった參詣客が尋ねたので「2時12分以後来ます」と言うと、「初めて見ます」との返事。聞けば地元だが県外居住だとのこと。少し遅れた感じだが、来た。カメラの連写機能を使った。
 実は3月某日は某所で連写したら、なぜかシャッターが動かなかったので失敗。今回が初連写七つ星。

★霧島市隼人の七つ星2015年04月10日 01:26:53

霧島市隼人を走る七つ星
▲自転車で霧島市へ行った。主目的は別であったが、従目的である、七つ星撮影ポイント探しを兼ねた。隼人駅を出た七つ星は平野をほぼ一直線に走る。ここからは南には桜島、北には霧島連峰が見える。但し昨日は雨模様であったので見えなかった。ポイント探しが長引いて、隼人駅近くの踏切脇から望遠で発車準備中の列車を撮影。すぐポイントと決めた場所へ向かう。
▲撮影直前についに少し雨が降り始めた。撮影後は主目的は放棄してすぐ家路についた。雨が身体に染み入る前に帰り着いた。

★研究作業内容の整理2015年04月15日 21:16:44

七つ星(霧島市隼人小浜オバマ)
▲ファイル名には「改訂中」の文字が入っているが、実は完成している。今まで何か内容に訂正事項が生じると、最大8ファイルを修正していた。それを今年から6ファイルに、そしてさらに集約して今は4ファイルを修正すればいい様にした。その分作業効率が上がったが、実はそうでもない。今地名が出てくると、道路地図やネット情報、特に国土地理院の地図を元に現代の地名情報を併記するようにしている。これがいささか面倒である。情報の重複があるが、それを確認する作業がまた面倒。そこで、覚悟を決めて全情報をまとめることにした。1877年5月18日の分だけで80余あり、ほぼ一日を費やしたが、次の19日の分は重複しないようにエクセルで工夫したので半日で済んだ。
▲今日は資料に「鹿沢」とあったが、それは地図上の「六沢」であろうと解釈した。Googleストリートビューで該当箇所を確認した。この場合は読みがヒントとなった。しかし、どうにもならず「地名○○(不明、五木村)」等と記す時が残念である。過日は西郷隆盛が宮崎へ向かった記録(同行者の日誌)に「尾泊」とあった。これは宮崎県西都市の地名である。ネットで探るが地名は出てくるが、明確な地図上の位置が分らない。ところが突然分った。私の紙資料に古地図があり、そこに出ていた。ただ、20万分の1の地図では大よその位置が分かるだけ。
※神瀬・・・コウノセ。湯地(湯治)・・・トウジ、正解は頭地。生山・・・正解は八重山、読みはハイヤマ。

★研究作業とネット情報2015年04月18日 00:37:21

姶良市思川の七つ星
▲今やっている資料中の地名をまとめる作業ではネット情報は大いに役立つ。同時にアナログな紙資料も併用している。
①国土地理院の電子地図をよく使う。検索が出来る、地名のふりがな、大字地名・緯度・経度の表示が有難い。ただ道路情報は国道名しか表示されない。
②グーグル地図はすぐストリートビューに切り替えて現地を見れる。観光には役立つが私の要求にはやや物足りないが、県道・国道を見るにはいい。時には小字まで検索してくれるのは助かる。
③市町村資料の中には大字・小字をまとめたPDFがある。実に有難い。ただその内容は選挙用投票区域用であったりする。ある時は某町の広報紙の歩行大会の記事に目的の地名を見付けた。
④道路地図は私のものは古い。お蔭で今はないバス停名が出ている。これが小字である率は高い。
▲今日は、てっきり宮崎県高千穂町の地名と思い、何とか該当地名を見付けようと奮闘していた。しかし、よく見るとそれは間違いで、隣の五ヶ瀬町の地名だった。なまじ同地名があったためのミスであった。特に「征西戦記稿」は地名が実によく出て来る。そこで「地名箋」が作られているが、洩れもある。