★地名不明の解明作業2017年10月02日 04:19:27

Googleマップ、写真先の台地辺が稲川
▲地名不明の解明のために作成したエクセルファイルを用いて作業を続けて来た。ところが、ある疑問が生じた。それは「稲荷山」の解明がうまく出来てホッと一息ついた時だった。たまたま別ファイルに「稲荷山」を入力して検索して見た。すると別市町村にも同じ不明の地名があることが分った。そして同じようなケースが他にもあると直感した。原因はファイル作成過程での手順に問題があったからだとも理解した。
 そこで早速やり直しである。かってブログに「地名の実数は9723個。そのうち「地名(不明、……)」となっているもの1247個。つまり12.82%が不明なのである。」と書いていた。今回の結果は、実数は12801個、不明地名は1549個。不明率は12.10%。
▲その成果となる新ファイルで再び解明・点検作業を始めた。そしてある地名の解明ができた。それは「稲子村(不明、旧植木村)」という一文である。先ず「旧植木村」は「旧植木町」が正しい。念のためエクセルから原本PDF資料にハイパーリンクしてあるので確かめて見る。すると「旧小川町(現宇城市小川町」で戦っている。官軍が八代に上陸してからのことだ。先ずは「稲子村(不明、旧小川町)」と訂正する。さらに地理院地図で探して見る。すると「稲川」があった。これは鹿児島弁では「イナコ゛」と読める。そこで原文の「稲子」とつながる。ただ本当の「稲川」の読みが分らない。そこで用いたのはyahoo地図である。これは地名の読みが付随する。何と「イナコ゛」とある。そして「稲子村(稲川イナゴ、旧小川町東小川、稲川)」と解明された。最後にある「稲川」は平凡社情報では川の名である。さらに念のため「稲川イナガワ」と考えて、Googleマップで確認しようと考えた。地図で位置を確認して、例のペクマン人形を付近へ下ろす。そして稲川に架かるある橋に近づいた。ところが橋名も川名も確認できなかった(画像)。

★不明地名解明を中止中2017年10月16日 02:17:58

佐伯市宇目塩見園の川又バス停
▲不明地名解明より地名記述のブレが分った。同じ地名が記述に当って少しづつ異同があり、エクセルはそれを違う地名とする。それでは困るので可能な限り統一表記をしなければと考えた。それは膨大な作業となっている。例えば「中村」が18ある。うち7は表記のブレがない正しいものである。これに対して表記のわずかな差異から重複しているものが11、実はこの11は今から改訂すれば3となる。つまり「中村」は実数は10となる。
今取り組んでいるのは表記の差異からくる重複の発見作業である。作業段階は2重複の地名である。2000以上の再点検になる。作業の有効性を疑いつつ進めるしかない。
▲今日は「川又」という地名を調べる必要があった。そこは平凡社辞典では「市園川」の「支流塩見川」沿いにあるとする。地理院地図でその付近を見る。大分県佐伯市宇目の塩見園に属する。それを頼りに、Googleマップでペクマン人形を下ろす。塩見川沿いの村道を北へ向かう。そして停車中の清掃車の脇を過ぎて進む。そこで何か見落としはないかとカメラに合わせて展望を一回転する。何かある。すぐ引き返す。するとそこにコミュニティバスのバス停があった。「川又」とあった(画像)。この僥倖に感謝したい。
●資料
▲①この日臼杵口の1大隊(十三連三大)は川又を発し、払暁ハギ村の左に出て川登谷・因尾谷を捜索し、第四中隊を遣し遂にハギ村の賊を追い、笠掛峠に至って守備す※川又(カワマタ、佐伯市宇目塩見園シオミゾノ、市園イチゾノ川の支流塩見川)※ハギ村(羽木川ハキガワ、佐伯市本匠因尾インビ、県道35・番匠川・小又コマタ川)※川登谷(不明、佐伯市)※因尾谷(不明、佐伯市本匠因尾)※笠掛峠(不明、佐伯市本匠笠掛~佐伯市弥生江良か)

★ただ今作業は地名を赤色文字にすること2017年10月25日 01:17:45

▲10日ほど前から気になっていた作業であった。私の資料では前半部は研究した地名は一部赤文字にしてあった。残りは地名表記の前に「※」記号を付けてあるが、その部分のみ赤文字にしてあった。先ずこれを全て赤文字にするようにした。すると資料上でよく目立つ。そこで今度は後半部の膨大な資料の地名表記の赤文字化の作業に掛かることにした。1877年4月24日から9月30日までの資料である。
▲その作業の風景が画像にある。作業が進むようになったのは画像中心にあるワード用の「検索」窓である。「検索する文字列」に「※*【」”が肝である。地名表記はすべて「※」で始まり、いくつか繋がって、最後は「【」で始まる8ケタの記事番号等で終る。「いくつか繋がって」部分は「*」(半角)が役割を果たす。つまりそこにある地名全てが選択される。そこで「赤文字」をクリックすればよい。残念ながらこれが特に有効なのは「緑」線で囲まれた部分のみ。官軍資料の7割は「赤」線で囲まれた部分であり、これは自分で選択しては「赤文字」をクリックして変換するしかない。ただ資料の多くは西郷軍側のものであり、この検索アイデアは生きている。
▲エクセルの資料は作業上の確認と修正のためのものである。作業は結構中断される。それは明らかに地名表記がミスの時だ。エクセル2・ワード1の資料を修正するが、時にはほかの資料も加えて検討するので、それに数十分掛かることもある。
あと10日以上続く作業である。