★「西南記傳」珍しく連続ミスあり2021年02月01日 02:07:42

▲画像の文章の赤線部分がそれである。私はミスを当然として受け取る。当時の状況ではムリで、元になる「征西戦記稿」も同様はミスがあるが、私の資料も同じで、多くを書き並べると当然の帰結である。
さて、今回のミスは当然私を2回ドキリとさせたのだ。「また、自分の打鍵ミスだったか」と。珍しくそれではなかった。それでもエクセル資料からハイパーリンクさせて「征西戦記稿」の原本を再度見る作業はしなければならなかった。
▲画像の右側はストリートビューから作成したものだが、この車はこの時は湯舟(ユブネ)の集落へ向かっており(集落のロードミラーの写り込んでいた)、画像は360度回転する車の屋根のカメラで撮影されたものだ。ただこの車が湯舟入口バス停方面から来たのか、それとも交叉する菊池グリーンロードから曲がって来たのかは分からなかった。
▲画像の文章は1877年4月16日の大津の戦である。気になった一文を再録する。
●西南之役懲役人筆記から、その最後の部分
於是乎全軍斉く追撃、大捷を得、午後旧線に復す、本日我軍予備弾薬・針打銃二百発・ミニール千発のみなりしが、分捕るところ巨多なるを以て幸に乏しからざるを得たり
●「西南記傳」はそれを以下のように記す
是に於て官軍漸く其勢を復して追撃に移り、大勝を得て各旧線に復せり、此日薩軍の鹵獲する所、針打銃弾薬200発、「ミニヘール」1000発ありき
◎「征西戦記稿」は「賊大兵を擁して能く拒き、遂に我中央戦線を衝く、我軍苦戦死傷45人あり、午後5時乃ち兵を収めて旧線に復す」とする。で、どっちが勝った?

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