★Picasaの基本画像が正しく並んでいない ▲2020年08月13日 18:23:17

旅歩きで撮りためた4000以上の画像を使って、旅歩きの記録を再確認している。最早自身の歩きの記憶などほぼ確実ではない。
この日は高岡町(現・宮崎市高岡町)から佐土原(現・宮崎市佐土原町)まで歩いたその第3日目の記録を見ていた。そこで記録に不審なところは画像で確認することにした。
●その画像は2002年と2006年の撮影順に整然と並んでいる。私の記憶では画像は全て「名前変更」で最初の画像は、歩いた年=2002」・「月=11」・「日=19」を元に、1番目の画像は「20021119001」で、最後は「20021119067」であるべきだった。
●調べて見ると私は第1日目から5日目まで(鹿児島から宮崎までのコース)では、全て同じ以上のような「名前変更」作業をしていない。第6日目から最後の第46日目の日本橋到着までは、少し表現が違うが基本的にそうなっている。
●宮崎県日向市の細島を目指して歩き始めたのは2000年(第1日目・第2日目)、次は2002年(第3日・第4日目)、さらに2003年(第5日目)と4年掛かっている。そして第6日目から第38日目までは2006年、第39日目から第46日目までが2007年。
●私が初めてデジカメを買ったのは2002年。だから2000年の2回の歩きは画像がない。すべては後年撮影に行ってあつらえたものだ。それなら2002年からはちゃんとできている筈である。
しかし違う。宮崎までの参勤交代路は誰の研究もなく部分的に地元の研究家のみが知っている。それが今のようにネットに出ている時代でもない。私は手探りで歩いた。一番の友は道路地図だ。つまり相当ミスが多く、2006年年末までに再度の歩き、写真撮りまくりに出かけた。これが画像(写真)の混在の原因だ。混在していても今まではPicasaを使用する時には順番に並んでいたから別に不自由はなかった。
画像の順番とPicasaでの順番とは別物と思っていなかったのは大きなカン違いであった。
●結局、今回の第3日目の写真には頭に「1001」からの番号を付けて、名前を書き換え、最後はPicasaの「files」を書き直して何とか上手くおさまった。残り4日分はそのままにしておくつもり。
▲画像はその書き直しの一部、「1001」から「1016」まで。ところで2002年以来のカシオ機は2006年第37日目の旅途中で落下、破損した。キャノン機に替えた。

★新しい作業は平成の歩き旅の記録の訂正2020年08月09日 23:14:15

▲西南の役の未解明1090余にまだ未練は残ったままだ。新しい作業が宮崎までの旅の記録なので、偶然の出会いがあるかもと思いつつ。
 参った。作業に必要な4つのPDFフォルダー(先頭に1・2・3・4が付く)のうち2つが見つからない。「1・2」だ。意外に早く「1」が見つかった。しかし「2」は朝から何度か探してついに、「ここに入力して検索」で大捜索。「4」が見つかっただけ。夜に入り再度捜索開始。作業中のフォルダーの中に変な名前のフォルダーがある。「移動先」で始まるフォルダーだ。ここで思い出した。「3」と「4」を作業するのにジャマだとしてこのフォルダーを作り、この中に「1・2」関係諸資料を入れ込んだのだった。
 かくして作業の体制は出来上がった。
▲西南の役資料は一応終ったので、成果資料を同志諸氏と共有したいと思いDropboxの「共有」を試みた。ネット情報を元に行うが、何とも分かりにくい。いつも思うが、何で人が分かるように記事が書けないのか。結論はいつも同じ。理系人間が記事を書くからだ(持論)。負け惜しみではあるが本当に分からない。「共有」をクリックで終わりにしてくれ。実は数年前遠くの家族に資料を印刷して送る代わりにこれを用いて送付していた。ただどうやってそう出来ていたのか覚えてはいないが。
 代わりにOneDriveで試みた。こっちが「共有」が簡単のような感じがしたが、まだ挑戦はしていない。理由はDropboxの無料容量が2ギガに対し、OneDriveは5ギガだ。だから私はUSBカード代わりに使っているのでこちらは自分用に残して置きたいのだ。Googleのドライブは無料は15ギガでこれはもう10ギガ使っている。これは使いづらい。マイクロソフトを嫌っているような感じである。
▲知人のメールが見事な文字化け。仕方なくメールソフトを使うことになり、Outlookを初めて使用することに。受信・送信情報を打ち込んで何とか使うことに。私はWebメール主義者なのに。次はオンライン会議を作ることに挑戦したい。ひょっとして「共有」は不要に?。
▲未練たらしく1877年7月28日の官軍別働第二旅団の行動記録より。
●是に於て我軍已に悉く漆野・一之瀬・陣之尾の賊を破り、長駆して綾に入り、第四方面兵大平山に拠て哨兵を布く、第二方面兵其左に連絡し川に拠て防守す、第五方面兵又其左三ノ宮より割付山に至るまで守備す※大平山(綾町南俣、県道353・内山川)※三ノ宮(不明、綾町南俣か)
◎「三ノ宮」は私は地名と思い込んでいた。これがネット情報をやり繰りする中で以下の正解を作成できた。
※三ノ宮(三宮ミツノミヤ大明神社、現在は綾神社、綾町南俣)
ほかの地名の説明がないのは、同日付けの先行記録にすでにあるから。
▲画像は私が一番綾に近づいた時の画像(2006年)と2019年のストリートビュー画像との合成。私の旅歩きの3日目に相当する。実は歩いたのは2002年11月19日で、画像は2006年後半を再度歩き直した時のものである。歩き直しは止むを得なかった。当時は情報は道路地図だけであった。

★門司から鹿児島まで何kmか2020年07月10日 18:58:23

▲ネット情報から作成した。
①国道10号は福岡県北九州市門司区の老松公園前交差点から始まり、大分県、宮崎県、鹿児島市の照国神社前交差点までの 454.8 km 。
②JR日豊本線は北九州市のJR小倉駅から始まり、大分県、宮崎県、鹿児島市の 鹿児島駅までの462.6 km。
私は宮崎県日向市までは数回車とJRを利用して往復している。両者は、旧隼人町域に入ると10号は錦江湾に沿い、JRは山岳へ沿って霧島へ向かう。宮崎県都城市から一時的に10号と相接交差するが、以後は宮崎県宮崎市までの間は全く寄り添っていない。宮崎からはほぼ沿いながら大分県へ向かう。
ここで今日のテーマに関係する。私はよく自転車で姶良市の西端である重富地区まで走る。そして日豊本線重富駅西側の「蒲生街道踏切」を横断して国道10号(旧道と言う)に出て引き返す。この踏切には「448K343M」とある(画像左)。448kmと343mということだ。ところが国道10号に出てすぐの所に距離標があり、「門司まで447km」(画像右)とある。この2つはほぼ近似値と言える。門司からの10号と小倉からの日豊本線は出発点は違うが、結果的にわが市において両者がほぼ似たような距離であるのは偶然だろうが、私は面白いと思った。
▲雨が続く。球磨川は私の研究では重要な西南の役の舞台である。私は人吉から球磨川沿いに八代まで歩いた。12月29日だが、何年だったかは記憶にない。多分記録を残したはずだがパソコンにはない。写真はない。当時カメラは持っていなかった。約20年前のことだ。高速で人吉インターを下りて車を人吉城近くの駐車場へ置く。歩き始めたときはまだ暗かった。いきなり西郷が宿泊した某寺前に出てびっくりした。資料は地図含め一切なしの旅だった。長くなるので、今回の洪水に絡めたエピソードを1つ。JR線は球磨村の渡から左岸へ、以後左岸を八代へ向かう。私も左岸へ渡り、球磨川を見下ろしながら歩く。某所で電柱にマークと年月日がある。洪水の記録だ。道から川まで30mぐらい、電柱のマークは頭上2mぐらい。そこで気づいた。付近の家々は私の歩く道の10数m上にある。今回改めてグーグルストリートビューを利用して、当時の記憶を元に付近の電柱のあのマークを探した。見付からなかった。それに当時はコンクリート製ではなかったような。

★壁紙の正体見たり2020年06月06日 08:41:00

▲前ブログでの壁紙変更の経緯が少し見えてきた。それは作業が一段落してデスクトップ画面を出したら、そこには美人が。但し白黒写真。見覚えがある。すぐ思い出した。イギリスの女優で歌手のジュリー・ロンドン(1926~2000)である。「個人用設定」を開くと私の設定した「背景」の「単色」の黒色画面は「画像」に替えられており、そこに彼女の画像があった。
ここに至ってやっと気が付いた。今まで見た画像は、パソコン作業中聴いている「Grooveミュージック」の1054曲の音楽の関係者の姿だったのだ。だからビートルズも出ていたわけだ。
問題は、「画像」ではなく「単色」の壁紙を選んだのに、何故勝手に「画像」に替え、さらにそれにピッタリの人物の演奏場面や肖像写真があるのか。私の元々のCDにはそのような写真は付帯されていないはず。誰が提供したのか? それとも本当は元々付いていたのか?
ジュリー・ロンドン画像はそのまま置くと次の曲の人物に右へ右へと押し出され、最後は5枚の枠外となって消えることになる。そこで何度か最左翼へ移す作業をしたが、ちょっと見ていない間に消えていた。
かくして今は壁紙はマイクロソフトの支配下にある。時折は「単色」を選ぶという抵抗をするのみ。
▲画像はジュリー・ロンドン。たまたま別な曲名が彼女のものだったので再登場。プリントスクリーンするために邪魔な(?)フォルダー等は前後左右に移動させ、彼女がきれいに出るようにした。画像は前と同じものであった。そしてこの画像は今まで一度も見たことはなく、私にとっては極めて新鮮に感じられた。流れる曲が邦題「縁は異なもの」でなかったのは残念。

★記録見直し作業一応終わる2020年05月28日 10:26:50

▲記録の見直しで大変だった。何せ私が旅の中で見た風景は13年以上前のことである。記録に残した地名等で一番頼りになるのはお寺や神社。これはほぼ改廃はない。また郵便局も今のところほぼ変わりはない。農協と信用金庫は統合・改廃、そして何と長ったらしい名前になるんだろう。一番改廃されたのは道脇の道標(みちしるべ)や貴重な説明板である。私の撮影した4000枚余の写真に残る風景は今や過去の生き証人となっている。ただ私の家周辺ですら、古い家は次ぎ次ぎと新しく変わる。店の改廃も激しい。平成は昭和まで残ったよきものを全て捨て去ったのか。
▲相変わらずパソコンのこと。
①パソコンでブツブツ言いながら(「何で変えたんだ」)地名等を訂正しながら作業する。そして私がキーボードに触れる。そのタイミングでワードは自動保存作業を勝手に始める。当初10分毎の作業を少し遅らせたのだが。しかもその後私が触れると日本語変換が消えていて、コツは何でもいいから別ファイルにアクセスすると元に戻って、右下に「あ」がある。
②エクセルは時々打ち込みができなくなる。どうやら別のファイルで作業したから、まだこちらは動きませんということのようだ。これも同じようにすると動くようになる。
③今DELLのサポートを受けてインストールする作業するが、これがイマイチ分からない。そのうち再インストールにでもなるのか。DELL機への一番の不満はバッテリー交換が簡単には、いやいや個人ではほぼできないことだ。もっともデスクトップ代替として購入したのだからまあいいかと電源コード一式は予備を買ってある。
▲画像は5月13日の開聞岳。前後撮影した画像の中でこれが最上の映り具合でした。
特攻機に乗った若者がここを周回して向かったのではあるまいか。