★「地名箋」改訂作業終る2025年12月21日 11:19:06

▲記事投稿は10月以降はすることなく、ひたすら全生活をこの作業に向けた。そして過日終に完成した。記事総数6352行、内「不明」扱いもある。作業に最後まで付き合ってくれたのは「角川日本地名大辞典」の「熊本県」と「宮崎県」、そしてネット上での平凡社「日本歴史地名大系」、さらに「国土地理院」の電子地図だった。
▲ただその中身が完全解明と思えるのは意外に少ないのかもと。と言うのは上記の参考資料は地名の肝心要めの「小字」に関しては完璧ではないことだ。そこには別理由もある。「小字」地名殺しの立役者「平成の大合併」である。「小字」は「○丁目○番地」の中に埋もれてしまった。そこでそのような町を「グーグル」車で廻りながら「○○バス停」(急速に減少中)・「○○橋」(銅版で見にくい)などを見つける幸運があると一人で祝杯である。
▲画像は私の作業の最後の部分。地名が「カタカナ」部分で「地名箋」は終る。これは全くお手上げであった、
※元々は「地名箋」を私は単語単位で行列にしていた。それから文章型の「A」を先ず作り、後に「B」を作り、最後はそれを正否比べて統合した(TRUEが証明)。

★最新のDVD作成2025年12月23日 10:01:36

▲2027年の西南の役(西南戦争)150年に向けての、最新そして最後のまとめのDVDを作成した。これは本日の画像にあるように2種ある。「CD型」と「DVD型」である。違いは黄色のフォルダーの2つ「15PDF」だ。これがないのが「CD型」、残念ながらCDに僅かに入り切れなかったので実体はDVD。
▲私が作った資料は、明治10(1877)年の戦争当時の生の記録を日付・場所(地名)単位に並べてある。ただの私の見解はほぼない。つまり、そのまま当時の世界に入り込める。私のフレーズは「いっしょに研究しませんか」ではなく「いっしょに戦争に参戦しませんか」である。
▲残念なことに参戦すべき「時」に戻るタイムマシンはなく、できるのは当時に「空間(戦場)」を体験することのみである。そこで私は資料にある「地名」(村・大字・字・山・川など諸々)を明らかにすることに拘った。その最後が「地名箋」の現代化だった。先のブログにあるように「平成の合併」はその試みの最大の障害となった。全国一斉に「一丁目一番地」となった。
▲最初に戻る。「CD型」は誰にでも配布できるが、「DVD型」は限定され、一部の方・組織のみ、「15PDF」が手元にある方々だ。ヒントは「征西戦記稿PDF」の原本「征西戦記稿」は国会図書館に誰でもアクセスできることだ。
 ではDVD2種の作成に取り掛かろうか。

★最終「CD型」・「DVD型」完成2025年12月26日 11:55:07

▲双方共にDVDだが、便宜上このように名付けている。本日の画像がそれである。では何故3つか、しかも何の説明も付いていない。これはある失敗の結果である。
 前ブログの後、「CD型」・「DVD型」をそれぞれ7枚作った。ところが「CD型」7枚のはずが、うち6枚は何と「DVD型」。そこでやり直しとなった。しかも手持ちのDVDはもうないので、いずれ買い込んでから相当数の「CD型」を作成するつもり。
※「DVD型」の中身を一部削除して「CD型」に替える方法もあるがそれはしたくなかった。
▲「平成31年(令和4年改訂)」版以降の修正部分もあるが、今回の「地名箋」改訂の成果を反映したものではないし、今後もそのつもりはない。それに従来していた個別配布方式は取らない。目の前でDVDを起動して見てもらい、必要ならでストップにコピーして頂く。過去の反省からの一文である。
▲余談(1)過去はせめてワード版の2資料(フォルダー名に「●第一部」「●第二部」とある)を印刷を考えたが、金額的に数十万円と聞いてあきらめた。
▲余談(2)直接的には西南戦争に関係ないエクセルファイルが「付録」の「和暦西暦180424」だ。江戸時代から明治時代初めまでの旧暦を西洋暦に転換できる。これは別の研究のために作ったものだ。ある年号のある月の和暦・西洋暦カレンダーも作れる。