★「征西戦記稿附録地名箋」を問う2019年11月27日 05:23:27

▲「征西戦記稿」の附録の1つに「地名箋」の項目がある。エクセルの6295セルに入っている。その地名が現実に「征西戦記稿」の記事にどのくらいの回数出ているか調べることにした。
▲次のようにして調査した。
①「征西戦記稿」のファイル内に「地名箋」を横に並べた6295列を作り、その1地名が「征西戦記稿」の3874セルに何回出て来るか調べる。使った機能はエクセルの「フィルター」機能。つまり地名毎に「=IF(ISERROR(FIND(R$5,$E3875)),"","➊")」のような関数式が縦に3874セルに入れられ、横は6295列である。結果、その関数式総数は3874×6295=2438万6830となる。
②その地名があれば関数式は「➊」となる。これを数えればその地名の使用頻度が分かる仕掛けである。これには疑問符もある。例えば、「地名箋」に「一部」という地名がある。これはよく使われる語句で、それもまた地名「➊」となるから、その数は「87」である。さらに「原」という地名は、その字のある全地名を「➊」とするので、1000を越える。関数式の不備である。また人名と地名の区別できる訳でもない。「西郷」がいい例である。「1(イチ)」は合計763、この中には人名が含まれると思う。
▲問題は頻出数を期待したのに、驚くのは「➊」が1回もない、「0(ゼロ)」があることである。その数は合計2756、総数6295の43.8%を占める。私は最低数は「1」であると信じ込んでいたので大きな衝撃を受け、同時に大いに疑問に思った。
▲それは「地名箋」の成立に関してである。これは「征西戦記稿」の地名に応じて作成されたものではなく、関係府県の地名を総ざらい採録したのではないのか。もっとも「征西戦記稿」にある地名全ての語句が、全て記載されている訳でもない。これは調査していないが、体験からそう言える。
▲画像は「地名箋」の一覧表。番号を入れれば、地名説明の文章が生成される。この関数式ももう一工夫が必要である。

★不明地名解明作業へ復帰2019年10月05日 10:00:39

▲作業再開に際して、「不明」の付いたセルをまとめた一覧表を作った。1401件である。
 そこで、「フィルター」検索用に「*山」、「*川」、「*海」の3つを調べた。「山」が344件、「川」が51件、「海」が3件。「海」の3件は「海道」・「海軍省用地」・「内海浜」で、海湾名称とは無関係だった。ほかの2つもこのような無関係の地名事例もあるのだろう。
▲ともかく先ずは「山」について調べ始めた。最初に取り組んだのが「■野尾山」である。「■」部分は原本(県立図書館作成のペン書き)に書いてある文字は達筆で読み取れなかった。平凡社「日本歴史地名大系」熊本県編を開き、「野尾山」・「尾山」で検索する。すると「尾山」がヒットして「富ノ尾古墳」が出た。「熊本市池田3丁目」とある。私はこれが正解と確信した。さらに「国土地理院」地図とGoogleマップで確認する。以下その原文(すでに説明は訂正済み)。
●此日我礟隊(砲隊)着せり、依て地形を相し城の西南花岡山招魂場え据え附け以て台城を急撃す、是に至るまて我軍大礟なく銃と剣のみ、礟撃するに及んて我兵氣勢更に増れり、尓後又礟臺を城東面なる慶徳堀堤(ケイホリドテ)西面なる四方持(ヨモチ)、日向崎南面なる白川堤(シラカワドテ)、桶屋町尻長六橋北面なる出町、白鬚社(シラヒゲシャ)、■野尾山(トモヘノオヤマ)等え築き、而て臨時礟撃す※慶徳堀堤(熊本市船場2丁目辺の堀、慶徳堀町・慶徳小学校)※四方持(四方池ヨモチ、熊本市西区島崎3丁目・横手5丁目、四方池公園)※日向崎(ヒュウガサキ、熊本市西区島崎2丁目、井芹川、日向崎バス停)※白川堤(シラカワドテ、熊本市二本木、白川)※白鬚社(白鬚大明神、加藤神社の内、熊本市中央区本丸、本丸西側)※■野尾山(富ノ尾山、熊本市北区池田3丁目、富尾トミノオ菅原神社、富ノ尾古墳)【12610019】:(2)
◎正確な位置はグーグルストリートビューでは分らない。現地に行けば分るだろうと思う。古墳も崩されているらしいが。
▲そこで調子に乗った。「山」には古墳があるだけでなく、当然山城もあるのではないかと。その積りで探すと、たちまち3件解決した。ただこの3件はまだ正式に訂正は加えていない。もう少し検討したい。ただ基本的には私の地名説明は私の独断で作成し、私のファイルの提供を受けた各位がさらなる訂正をすればよいとの原則で作業している。
※画像は私のカメラ30センチ前で花に付いている蝶。こんなに近接できたのは遠い過去の思い出に残る「夜の蝶」以来だ。

★地名説明の作成中の報告22019年10月03日 01:46:48

▲肝心な地名説明から離れて、エクセルの地名実数ファイルの地名等11,505項目に「〇○県(✖✖町)」と記入する作業を先ほど終った。その内訳は、鹿児島県21.0%、熊本県44.5%、宮崎県27.0%、大分県5.9%。この4県で12,314で98.3%である。これには山など両県に重なる10数項目は除外してある。
さらに個別には「熊本県(熊本市)」が1406。その中には「熊本県(旧河内町)」(現在は西区)42、「熊本県(旧植木町)」(現在は北区)341が含まれる。敢えて旧町スタイルは私の嗜好であるが、始まりは元々たよりとした古い地図帳で始めた作業だったからだ。ところで「鹿児島県(鹿児島市)」は旧吉田・郡山・喜入・松元4町を含めて763。
▲作業中困難を感じたのは、「新街道(国道10)」などの「国道・県道」の説明。この場合の「国道10」は鹿児島市でよい。多くは前後の文章を見て市町村名を替える。ちなみに「国道10」は鹿児島・宮崎・大分3県で合計37回登場する。判定の手段として役立ったのはGoogleマップ。今「県道40」で検索したら「旧吉田町」の中心部にヒットした。実際の判定の際は多少道を前後調べて該当する市町村名を記入する。
▲画像は完成したファイルの一部。

★地名説明作成中の報告2019年09月21日 20:06:38

夏の終り
▲今変った作業中である。地名説明はそれなりに理解できるようにはなっているが、西南戦争主関係4県(鹿児島・熊本・宮崎・大分)や2県(福岡県・山口県)の県名は説明には加えていない。県名ばど地元の方ならなくても分るだろうし、その地に赴けば誰でもすぐ分るだろうとの判断である。
しかし、今回「地名実数」ファイルに別項目をたて、地名等全てに関係県名と市町村名を「県名(市町村名)」の形で入れ込むことにした。対象総件数は現在11,507件。
▲方法は地名説明項目にある市町村名を利用することにした。これは2通りである。地名説明の字句から、「市」の場合なら「、○○市」か「地名等、旧✖✖市」の形で検索する。ファイルではこの方法で先ず大量に抜き出し、そこに「鹿児島県(〇〇市)」か「鹿児島県(旧✖✖市)」と記入する。町村レベルも同様にする。鹿児島と宮崎は「旧」で始まる平成合併以前の市町村名で記録してある。熊本県の熊本市は現在の「区」単位で、その一部と大半の郡部諸市町村は「旧」市町村名で記録してある。大分県は全て平成合併後の表記にしたが、理由は私が行った経験がなく、新地図に頼ったからだ。
▲今、その修正中である。作業の結果生まれた1500余の空白が見つかったからだ。理由の1つは単純である。例えば項目の「五木川(川辺カワベ川)」には「、五木村」の字句がない。だから検索できなかったからだ。これは見た瞬間分るので「熊本県(五木村)」と別項目に書き込める。
▲以下は作業の中で大幅改正にいたった例。
◎1877年4月24日。この日から西郷軍は人吉へ一斉引揚が始まる。
▲②その方面の部署は●御船より飯田山及び船底山まで別働第二旅団●船底山の麓より南田代及び淺ノ薮まで熊本鎮台兵●淺ノ薮より川原まで第一旅団●川原より田原山まで第二旅団●田原山より黒川まで第三旅団と定めたり、而して三浦少将は云ふ、左翼十文字山を取り因て以て軍を進めば功を奏する事必ず速なるべしと、ここにおいて遂に議を決し、熊本鎮台兵により正面攻撃の、本軍第三旅団により左翼攻撃の、それぞれ本軍とし、第一・第二旅団は第二線を布き、雁行応援せしめ、別働第二旅団はその位置を保ち那須口の緩急に備えしむ、26日賊濱町を退去するの報あり、我軍乃ち兵を分て之を探偵せり※飯田山(431.1m、益城町小池オイケ)※船底山(船野山307.8m、益城町赤井)※南田代(ミナミタシロ、御船町上野、県道57・221・矢形ヤカタ川・八勢ヤセ川、八勢眼鏡橋)※浅ノ薮(アサノヤブ、御船町田代、赤井川)※川原(河原カワハラ、西原村河原、県道28・グリーンロード南阿蘇)※田原山(俵山タワラヤマ1095.3m、西原村小森)※黒川(クロカワ、旧阿蘇町黒川、国道57・211・県111・西岳ニシダケ川)※十文字山(ジュウモンジヤマ、十文字峠・十文字越、御船町田代・西原村河原の境)※那須口(椎葉村不土野、県道142)【30027001●巻27濱町部署】
◎ポイントは「川原」・「田原山」・「十文字山」の3件。この3つは私の「不明」地名には属していないが、「地名箋」(「征西戦記稿」)に沿って書かれていた。つまり「準不明」というべきであった。この結果は「川原」を「河原」、「田原山」を「俵山」、「十文字山」を「十文字峠・十文字越」と読み替え、結び付けたことで成立した。
評価はどうなるか分らないが。
▲画像は今夏最後の蝶の写真(?)。

★「地名実数」ファイルのミス続き2019年08月26日 22:33:19

▲長時間掛けての作業が終った。これでファイル名を替えて完成の筈だった。ファイルには「地名(説明)」の列項目がある。その各セルには以下2例のように打ち込んである。
①私学校(鹿児島市城山町、国道10・鹿児島医療センター)
②金釘(鹿子木カノコギ、熊本市北区鹿子木町、国道3)
ところが、それが元々の資料にある「説明」と少し違っている。甚だしいのは「不明」とあるが本当は解明されている箇所もある。
▲再びその点検と修正作業が始まった。1万1600余のうち、1800余にミスがあった。思い出したくもないストレスいっぱいの作業であった。作業の過程で、「この地名たしか前に出てきたな?」と思うことがあり、調べると正にその通り。「地名実数」なので重複はあり得ない。そこで作業が終って最後にその重複を解消することにした。重複が5回1例、3回数例、残り数十は2回である。結局新たなファイル「★地名実数(改訂)(提供用)190826」は総数1万1500余と、以前より100余減少した。それでも「隠れ重複」があると思っている。上記の2例の①の重複を作ると、①私学校(鹿児島市城山町、国道10、鹿児島医療センター)。「・」と「、」の違いで、つい見逃しやすい。
▲これでやっと本来の地名の「不明」の所を解明する作業が新たに始まる。過日ある地名の調査中、偶然その市の町内会関係の資料があった。その地名と関係する人物2名があったので、図書館の電話帳で調べた。2019年電話帳には、残念ながら2名の名が見つからなかった。
▲画像はファイル「★地名実数(改訂)(提供用)190826」の最後の部分。