★(終り)「大日本地名辞書」索引の一部打込み2019年12月19日 11:10:12

▲遂に、やっと、終った。画像はその最後の場面。最後は「ワ」「ヰ」「ヱ」「ヲ」で始まる地名で終っている。私の索引では「ワ」、「イ」、「エ」、「オ」で表記している。読みの参考は平凡社「日本歴史地名大系」電子版に頼った。
 改めて吉田東伍氏の業績に敬意を表したい。そして私の「西南の役」関係地名解明に有効であればと期待している。
①地名数まとめ。
周防261、長門261、豊後394、豊前343、筑前658、筑後232、肥前597、壱岐52、対馬81、肥後789、日向294、大隅292、薩摩308
合計4562
②各地名名称の読み特徴
ア行947  カ行846 サ行459 タ行593 ナ行281 ハ行483 
マ行428  ヤ行277 ラ行30 ワ行40 ガ行69 ザ行43 ダ行33
バ行31 合計4562
※読みは現代風にしたので吉田東伍氏の読みとは違う場合がある。
例:ワ行の一部はア行に入る:「ヰ」→「イ」、「ヱ」→「エ」、「ヲ」→「オ」

★(続)「大日本地名辞書」索引の一部打込み中2019年12月15日 23:36:51

▲この作業は後数日で終るはずである。今は「ハ」行に入っている。PDF126コマから始まった作業は209コマ目が終わった段階である。最終の240コマ目まで作業が続く。
①作業効率化を図っている。
打ち込んだ地名が自動的に「カナ」に成って出る。それが辞書と違う時は訂正の文字をカナで打ち込む。そしてわざわざ塗りつぶし色をなくする。しかし今は「カナ」を打ち込むと自動的に色が消えるようにしてある。
②今までの3275件のうち、トップは肥後で549件、2番目は筑前487件、3番目は肥前427件。下位は壱岐42件、対馬65件、筑後139件。
③例えば「繁根木」は一字ずつ打ち込む必要はなく、「はねぎ」と打つと即出る。このような変換済み事例が出て来ることも多々あり、大いに助かる。ただこの「繁根木」は吉田東伍の辞書では「ハネキ」なので結局手直しが必要となった。この事例は「繁根木(ハネギ)八幡宮」(熊本県玉名市)である。
④悩むのは、何故か「●●山」の「●●」部分のみカタカナが振ってある。「山」は「ヤマ」か、「サン」か、はたまた「ザン」か分からない。一部は平凡社電子辞書に頼ったが、何故か記述がないことが多い。したがって適当にカン頼みである。「川(カワ・ガワ)」、「島(シマ・ジマ・トウ)、「崎(サキ・ザキ)」なども同じである。
⑤「浜男(ハマオ」という地名が出てきた。幸い人名にもあるので、先ずはセルに「浜男」と入れる。今は「浜」は「濱」に統一しているので、「浜濱男」として最初の「浜」を外す作業をする。ところが「濱男」と成った瞬間、「ハマナン」と成っている。結局、「濱(ハマ)」のみにして「男(オ)」という文字が出るまでクリックし続けてやっと見つけた。このような失敗を繰り返しては「ワード」に悪態を吐いている。
⑥索引の印刷ミスを見つけた。ページ数4ケタの1個が間違っていた。
▲mouse機も困ったものである。しばらく前から「スタート」から「シャットダウン」を指示すると時々してくれない、つまり終われない状
態である。結局指でボタンを押さえて消す。数時間ほっといたら終っていたこともあった。ここ2日ほどは「Alt」キーと「F4」キーを押して「シャットダウン」をするとうまく行くようである。
◎画像は加治木の歳末市の風景。蒲生田(カモダ)通りが賑わっていた。

★「征西戦記稿附録地名箋」を問う2019年11月27日 05:23:27

▲「征西戦記稿」の附録の1つに「地名箋」の項目がある。エクセルの6295セルに入っている。その地名が現実に「征西戦記稿」の記事にどのくらいの回数出ているか調べることにした。
▲次のようにして調査した。
①「征西戦記稿」のファイル内に「地名箋」を横に並べた6295列を作り、その1地名が「征西戦記稿」の3874セルに何回出て来るか調べる。使った機能はエクセルの「フィルター」機能。つまり地名毎に「=IF(ISERROR(FIND(R$5,$E3875)),"","➊")」のような関数式が縦に3874セルに入れられ、横は6295列である。結果、その関数式総数は3874×6295=2438万6830となる。
②その地名があれば関数式は「➊」となる。これを数えればその地名の使用頻度が分かる仕掛けである。これには疑問符もある。例えば、「地名箋」に「一部」という地名がある。これはよく使われる語句で、それもまた地名「➊」となるから、その数は「87」である。さらに「原」という地名は、その字のある全地名を「➊」とするので、1000を越える。関数式の不備である。また人名と地名の区別できる訳でもない。「西郷」がいい例である。「1(イチ)」は合計763、この中には人名が含まれると思う。
▲問題は頻出数を期待したのに、驚くのは「➊」が1回もない、「0(ゼロ)」があることである。その数は合計2756、総数6295の43.8%を占める。私は最低数は「1」であると信じ込んでいたので大きな衝撃を受け、同時に大いに疑問に思った。
▲それは「地名箋」の成立に関してである。これは「征西戦記稿」の地名に応じて作成されたものではなく、関係府県の地名を総ざらい採録したのではないのか。もっとも「征西戦記稿」にある地名全ての語句が、全て記載されている訳でもない。これは調査していないが、体験からそう言える。
▲画像は「地名箋」の一覧表。番号を入れれば、地名説明の文章が生成される。この関数式ももう一工夫が必要である。

★不明地名解明作業へ復帰2019年10月05日 10:00:39

▲作業再開に際して、「不明」の付いたセルをまとめた一覧表を作った。1401件である。
 そこで、「フィルター」検索用に「*山」、「*川」、「*海」の3つを調べた。「山」が344件、「川」が51件、「海」が3件。「海」の3件は「海道」・「海軍省用地」・「内海浜」で、海湾名称とは無関係だった。ほかの2つもこのような無関係の地名事例もあるのだろう。
▲ともかく先ずは「山」について調べ始めた。最初に取り組んだのが「■野尾山」である。「■」部分は原本(県立図書館作成のペン書き)に書いてある文字は達筆で読み取れなかった。平凡社「日本歴史地名大系」熊本県編を開き、「野尾山」・「尾山」で検索する。すると「尾山」がヒットして「富ノ尾古墳」が出た。「熊本市池田3丁目」とある。私はこれが正解と確信した。さらに「国土地理院」地図とGoogleマップで確認する。以下その原文(すでに説明は訂正済み)。
●此日我礟隊(砲隊)着せり、依て地形を相し城の西南花岡山招魂場え据え附け以て台城を急撃す、是に至るまて我軍大礟なく銃と剣のみ、礟撃するに及んて我兵氣勢更に増れり、尓後又礟臺を城東面なる慶徳堀堤(ケイホリドテ)西面なる四方持(ヨモチ)、日向崎南面なる白川堤(シラカワドテ)、桶屋町尻長六橋北面なる出町、白鬚社(シラヒゲシャ)、■野尾山(トモヘノオヤマ)等え築き、而て臨時礟撃す※慶徳堀堤(熊本市船場2丁目辺の堀、慶徳堀町・慶徳小学校)※四方持(四方池ヨモチ、熊本市西区島崎3丁目・横手5丁目、四方池公園)※日向崎(ヒュウガサキ、熊本市西区島崎2丁目、井芹川、日向崎バス停)※白川堤(シラカワドテ、熊本市二本木、白川)※白鬚社(白鬚大明神、加藤神社の内、熊本市中央区本丸、本丸西側)※■野尾山(富ノ尾山、熊本市北区池田3丁目、富尾トミノオ菅原神社、富ノ尾古墳)【12610019】:(2)
◎正確な位置はグーグルストリートビューでは分らない。現地に行けば分るだろうと思う。古墳も崩されているらしいが。
▲そこで調子に乗った。「山」には古墳があるだけでなく、当然山城もあるのではないかと。その積りで探すと、たちまち3件解決した。ただこの3件はまだ正式に訂正は加えていない。もう少し検討したい。ただ基本的には私の地名説明は私の独断で作成し、私のファイルの提供を受けた各位がさらなる訂正をすればよいとの原則で作業している。
※画像は私のカメラ30センチ前で花に付いている蝶。こんなに近接できたのは遠い過去の思い出に残る「夜の蝶」以来だ。

★地名説明の作成中の報告22019年10月03日 01:46:48

▲肝心な地名説明から離れて、エクセルの地名実数ファイルの地名等11,505項目に「〇○県(✖✖町)」と記入する作業を先ほど終った。その内訳は、鹿児島県21.0%、熊本県44.5%、宮崎県27.0%、大分県5.9%。この4県で12,314で98.3%である。これには山など両県に重なる10数項目は除外してある。
さらに個別には「熊本県(熊本市)」が1406。その中には「熊本県(旧河内町)」(現在は西区)42、「熊本県(旧植木町)」(現在は北区)341が含まれる。敢えて旧町スタイルは私の嗜好であるが、始まりは元々たよりとした古い地図帳で始めた作業だったからだ。ところで「鹿児島県(鹿児島市)」は旧吉田・郡山・喜入・松元4町を含めて763。
▲作業中困難を感じたのは、「新街道(国道10)」などの「国道・県道」の説明。この場合の「国道10」は鹿児島市でよい。多くは前後の文章を見て市町村名を替える。ちなみに「国道10」は鹿児島・宮崎・大分3県で合計37回登場する。判定の手段として役立ったのはGoogleマップ。今「県道40」で検索したら「旧吉田町」の中心部にヒットした。実際の判定の際は多少道を前後調べて該当する市町村名を記入する。
▲画像は完成したファイルの一部。