★パソコン&ある修正作業 ― 2024年04月14日 22:43:29
▲パソコンで今欲しいのは、DELL機用の小型充電装置だ。45W の電力を出す、小さな物だ。過日はケーズ電器にお邪魔した。ここでたまたま欲しい品がないので、次回は鹿児島市のビックカメラしか当てにできない。欲しい理由は出先で作業中、今やご老体の域にある機だからだ。と言っても充電ケーブルを持って行けばいいのだが、出先で自由に使えるコンセントがあるか、許可を得られるのかと。最低2時間持続する装置に巡り会いたい。
もう一つは出先で自由に使えるWi-Fiルーターだ。これはケーズ電器で楽天の商品を紹介されたが、電波域が狭い。私の使用する出先は山間田野の地である。止む無くお断りした。
▲ 地名探しの作業を中断してある作業をした。今回やった作業は、資料作成時に該当漢字が見当たらず、以下の「■(糸+卓)」のような表現をした。それを今回再確認したのだ。試みた文字訂正は24件。以下その中の4つを記す。
①「其状■(糸+卓)」。
これは今回「綽」が見つかり書き直すことができた。
②「村岡■(山+近)」。の村岡は苗字である。その名前が「山」の下に「近」。この文字は結局見つけることができず、このままにした。
③「■(言+見)様下人の」。
相当する文字は「誢」が見つかった。
④「彼我混淆■(彳+文)」。この文字は見つからず。これは3例もあるので、解読したかったが。
文字検索は、全てネットに「糸へんに卓」という風に入れ込んで、出てきた文字をコピーしてエクセルに入れ込んだ。ただしエクセルには簡単に受け入れてもらえた文字も、それをワードに入れ込むことがうまくできず、結局最後に取った方法は、文字を通常の「10.5」ポイントより落として「10.0」にしなければならなかった。そうしないと1行の幅が変更されてしまうのだ。何でだワード???
▲画像は蝶。家人は「蛾」ではと言ってたが、AIは蝶と。名前は忘れたが、たしか模様は毒蛾に見せるための自己防衛とあった。
もう一つは出先で自由に使えるWi-Fiルーターだ。これはケーズ電器で楽天の商品を紹介されたが、電波域が狭い。私の使用する出先は山間田野の地である。止む無くお断りした。
▲ 地名探しの作業を中断してある作業をした。今回やった作業は、資料作成時に該当漢字が見当たらず、以下の「■(糸+卓)」のような表現をした。それを今回再確認したのだ。試みた文字訂正は24件。以下その中の4つを記す。
①「其状■(糸+卓)」。
これは今回「綽」が見つかり書き直すことができた。
②「村岡■(山+近)」。の村岡は苗字である。その名前が「山」の下に「近」。この文字は結局見つけることができず、このままにした。
③「■(言+見)様下人の」。
相当する文字は「誢」が見つかった。
④「彼我混淆■(彳+文)」。この文字は見つからず。これは3例もあるので、解読したかったが。
文字検索は、全てネットに「糸へんに卓」という風に入れ込んで、出てきた文字をコピーしてエクセルに入れ込んだ。ただしエクセルには簡単に受け入れてもらえた文字も、それをワードに入れ込むことがうまくできず、結局最後に取った方法は、文字を通常の「10.5」ポイントより落として「10.0」にしなければならなかった。そうしないと1行の幅が変更されてしまうのだ。何でだワード???
▲画像は蝶。家人は「蛾」ではと言ってたが、AIは蝶と。名前は忘れたが、たしか模様は毒蛾に見せるための自己防衛とあった。
★地名訂正作業のある日 ― 2024年04月06日 11:06:47
▲たまたま作業中に某郷土史を閲覧中に見つけた西南戦争の参加者名簿があり、そこに「戦死」の記号があるので、直ちに表にまとめる作業に。最後に打ち込んだのは、「以上百六十三人内戦死者二十九人」。エクセルなのですぐに数字ミスに気づいた。ところが表は「以上161人内戦死者25人」となる。参加者が「2名」少なく、戦死者は「4名」少ない。打鍵ミスかと確認作業2回、そのミスはないと確信した。
そこで南洲神社の「西南の役戦歿者名簿」にある戦死者氏名を調べると「29名」。郷土史の記録と数字は一致。
▲今度は「4名」の違いをいかに一致させるかである。
①南洲神社の名簿の「29名」をエクセルシートに縦に並べる。
②私が作った表にある「161名」の氏名を①の下に並べる。
③「VLOOKUP」関数で①の氏名に、②の氏名が一致するか試みる。
関数式:=VLOOKUP(D6,$D$35:$D$195,1,FALSE)を全29行に入れる
結果、「11名」が不一致。
④ここで、氏名を「ひらがな」にする作業を加える。
⑤④を元に同姓同名を望んで並べる。
結果「11名」と一致できそうな表が生まれた。その結果は、
敬二→敬次、善兵衛→善衛、格太郎→覚太郎、忠矢→仲矢、源左衛門→源右衛門、祐左衛門→良右衛門、弥二右衛門→弥次右衛門、兼正→兼政、弥平太→弥東太となった。かくして作業を終えた。ただし、郷土史側が正解と見ることは希望しない。自身で再確認されんことを。
▲今なお時折作業しているのは、研究に利用する本地の歴史民俗資料館だ。本棚別・段別に右から左へ自主的な番号を用いての一覧表を作成しようとしている。膨大な本の中から見付ける手間を省くためにと思って始めた。いささかウンザリする作業である。写真を撮って、それで本の背表紙文字を読み取り一覧表を作成するのだが、思うように行かない。某日ある棚の最初にある本名の最初の4文字がどうしても確認できない。そこでその4文字を除くほかの数文字をネットに打ち込んでみた。ずばり、著名な人物名の本であると分かった。多分AIに尋ねても同じく正解だったと思う。
▲画像は我主機DELL機。半年前の画像では価格10万4800円。私の最新機器はsurfaceだが、あまりにも軽すぎてちょっと触れると平気で台上から飛び降りる。止む無く重い本機を過日は持参した。
そこで南洲神社の「西南の役戦歿者名簿」にある戦死者氏名を調べると「29名」。郷土史の記録と数字は一致。
▲今度は「4名」の違いをいかに一致させるかである。
①南洲神社の名簿の「29名」をエクセルシートに縦に並べる。
②私が作った表にある「161名」の氏名を①の下に並べる。
③「VLOOKUP」関数で①の氏名に、②の氏名が一致するか試みる。
関数式:=VLOOKUP(D6,$D$35:$D$195,1,FALSE)を全29行に入れる
結果、「11名」が不一致。
④ここで、氏名を「ひらがな」にする作業を加える。
⑤④を元に同姓同名を望んで並べる。
結果「11名」と一致できそうな表が生まれた。その結果は、
敬二→敬次、善兵衛→善衛、格太郎→覚太郎、忠矢→仲矢、源左衛門→源右衛門、祐左衛門→良右衛門、弥二右衛門→弥次右衛門、兼正→兼政、弥平太→弥東太となった。かくして作業を終えた。ただし、郷土史側が正解と見ることは希望しない。自身で再確認されんことを。
▲今なお時折作業しているのは、研究に利用する本地の歴史民俗資料館だ。本棚別・段別に右から左へ自主的な番号を用いての一覧表を作成しようとしている。膨大な本の中から見付ける手間を省くためにと思って始めた。いささかウンザリする作業である。写真を撮って、それで本の背表紙文字を読み取り一覧表を作成するのだが、思うように行かない。某日ある棚の最初にある本名の最初の4文字がどうしても確認できない。そこでその4文字を除くほかの数文字をネットに打ち込んでみた。ずばり、著名な人物名の本であると分かった。多分AIに尋ねても同じく正解だったと思う。
▲画像は我主機DELL機。半年前の画像では価格10万4800円。私の最新機器はsurfaceだが、あまりにも軽すぎてちょっと触れると平気で台上から飛び降りる。止む無く重い本機を過日は持参した。
★パソコン&地名 ― 2024年03月12日 10:59:42
▲DELL機で作業して保存したUSBをmouse機に繋いだら、そのUSB3個全ての作業結果が保存されていない。SD1個も同じだ。ドラッグして入れ込んだのは確かだ。そのうちの2個はDELL機上でわざわざ開いて確認までしていたのに。仕方ない。再度DELL機を起動してその中の2個に入れ直す。ところが再度mouse機に繋いだら、今度はその1個が開けず、再フォーマットを要求して来て、画面は固まった。仕方なく強引にボタンを押して強制終了する。改めて起動させようとすると電源は入るが画面は起動されない。また再度強引に強制終了、二度目の再始動で何とかなった。以後はこのパソコン本体での異常現象はない。
▲研究作業の途中、ある資料にあったのが西南の役従軍者の名前一覧だ。間違うことがないように慎重に名前を打ち込んで行く。最後に「百六十三名」「戦死者二十九名」とあった。いや、私が打ち込んだ数字では161名、戦死者25名である。ミスったと点検を始めた。2回した点検で私のミスはなかった。然しれっきとした鹿児島県のある村の郷土誌である。昭和六年(1931年)の本である。関係者誰も気づいていなかったのだろうか。私は自分の打鍵した結果を正しいとすることにしたが。
▲いつもの表現だが、歴史は時間と空間の産物であり、その中で残っているのは空間のみであり、すなわちそれが地名だ。どこかのその地名で歴史の事件は起き、西南の役ではそこで単発銃での双方の戦がなされたのだ。だから私はわが資料のなかにある地名の完全解明を願っている。最早それは不可能とも考えながら。
▲過日も某所で地名解明の困難さを話す中で、これまたいつものように私の作業の始まったころの一発見をしゃべった。それは「征西戦記稿」の一文にあった「生山」だ。以下原文
①別働第三旅団:入来土瀬戸へ(P6)※これは6月22日記事
少将出水に在り、中川・川畑両大尉に宮ノ城に令し、兵を入來越土瀬戸へ出さしむ、又曰く生山に登り篝火を焚く可しと、蓋し生山は入來・樋脇及び郡山に界し以て鹿児島城を望む可し、故に在麑の官軍に報するなり
②別働第三旅団:入來生山へ(P7)※これは6月24日記事
1.24日昧爽軍を進む、其部署左の如し
◆樋脇を経て生山に向ふ:大山中尉●第五大隊第一中隊●徴募隊五番小隊●遊撃隊12人
◆入來本道より笹之谷村に向ふ:中川大尉●第五大隊第二中隊●第五大隊第三中隊●徴募隊六番小隊●遊撃隊半小隊●山砲1門
◎官軍部隊の一つ(大山中尉)は現在の薩摩川内市の旧樋脇町の一角から「生山」へ少し早く先に着いた。その地は私のよく知る地域である。そこで気づいた。これは「八重山」ではないかと。通常は「やえやま」だが、私が聞いていた古老の言葉では「はいやま」だった。記事に「はいやま」を「生山」としたのは「生(生える=はえる)」から思いついたのであろう。なお「征西戦記稿」附録の「地名箋」には「生山」の説明はない。
▲画像は国道328号より鹿児島を望む。入来峠から少し下った所から。元はストリートビュー画像。「生山(八重山)は峠から入った八重山公園辺より登る。多分兵士は6月24日に始まった官軍と薩軍の戦闘の様子を見、実際鹿児島に入ったのは翌25日であった。
▲研究作業の途中、ある資料にあったのが西南の役従軍者の名前一覧だ。間違うことがないように慎重に名前を打ち込んで行く。最後に「百六十三名」「戦死者二十九名」とあった。いや、私が打ち込んだ数字では161名、戦死者25名である。ミスったと点検を始めた。2回した点検で私のミスはなかった。然しれっきとした鹿児島県のある村の郷土誌である。昭和六年(1931年)の本である。関係者誰も気づいていなかったのだろうか。私は自分の打鍵した結果を正しいとすることにしたが。
▲いつもの表現だが、歴史は時間と空間の産物であり、その中で残っているのは空間のみであり、すなわちそれが地名だ。どこかのその地名で歴史の事件は起き、西南の役ではそこで単発銃での双方の戦がなされたのだ。だから私はわが資料のなかにある地名の完全解明を願っている。最早それは不可能とも考えながら。
▲過日も某所で地名解明の困難さを話す中で、これまたいつものように私の作業の始まったころの一発見をしゃべった。それは「征西戦記稿」の一文にあった「生山」だ。以下原文
①別働第三旅団:入来土瀬戸へ(P6)※これは6月22日記事
少将出水に在り、中川・川畑両大尉に宮ノ城に令し、兵を入來越土瀬戸へ出さしむ、又曰く生山に登り篝火を焚く可しと、蓋し生山は入來・樋脇及び郡山に界し以て鹿児島城を望む可し、故に在麑の官軍に報するなり
②別働第三旅団:入來生山へ(P7)※これは6月24日記事
1.24日昧爽軍を進む、其部署左の如し
◆樋脇を経て生山に向ふ:大山中尉●第五大隊第一中隊●徴募隊五番小隊●遊撃隊12人
◆入來本道より笹之谷村に向ふ:中川大尉●第五大隊第二中隊●第五大隊第三中隊●徴募隊六番小隊●遊撃隊半小隊●山砲1門
◎官軍部隊の一つ(大山中尉)は現在の薩摩川内市の旧樋脇町の一角から「生山」へ少し早く先に着いた。その地は私のよく知る地域である。そこで気づいた。これは「八重山」ではないかと。通常は「やえやま」だが、私が聞いていた古老の言葉では「はいやま」だった。記事に「はいやま」を「生山」としたのは「生(生える=はえる)」から思いついたのであろう。なお「征西戦記稿」附録の「地名箋」には「生山」の説明はない。
▲画像は国道328号より鹿児島を望む。入来峠から少し下った所から。元はストリートビュー画像。「生山(八重山)は峠から入った八重山公園辺より登る。多分兵士は6月24日に始まった官軍と薩軍の戦闘の様子を見、実際鹿児島に入ったのは翌25日であった。
★小字を並べる&USBの不調? ― 2024年01月25日 11:37:21
▲3日間弱で「小字(こあざ)」の抽出をした。OCRを使うことも考えたが、今回は資料を見ながら手で入力した。ただ期待した情報はほとんどなかった。地名が地形形状などの「自然地名」に限定されていた。592件のデータ全てが熊本県関係である。地名の始祖であるので大事に保管する。
▲今のパソコン活動下での悩みは、DELL機でUSB等に保存された情報(しっかり確認済み)をmouse機に繋ぐ、開く、ところがそこにあるのは古い情報。簡単に言えば「保存しなかった」と同じ状況である。仕方なく1USBを持参して、再度DELL機を起動して、保存し直そうとすると何とちゃんと保存されているではないか。それでも再度保存し直して、さらに全く別のカードにも保存して2つを持ち帰る。
①少し前には3USBのうち1つだけには保存がされていて再度の手間を省くこともあった。また携帯ハードディスクに残っていて助かった。
②ある時は確かに日時の通りに保存されていたので、クリックしたら開かない、よく見たら「0」バイト。
③mouse機で保存したUSBを持参して、DELL機で開いて「アレッ」と思うことは一度もない。
▲今日の失敗。それは昨日の続きである。昨日一部のファイルを「OneDrive」に保存しようとした。USBの代替・補完の役をさせようと。ところがものすごい量のファイルを勝手に呑み込み始めた。私が取った手段はシャットダウン。そして今日気づいた。相当数の情報が吞み込まれている。そこで削除を始めた。しばらくして気づいた。デスクトップの30余のファイルやフォルダーその多くは消えて、縦1列が残されているだけだった。
明日はmouse機のそれをコピーして来て作り直しだ。
▲期待したほど雪は降らず、画像はその小雪の庭。
▲今のパソコン活動下での悩みは、DELL機でUSB等に保存された情報(しっかり確認済み)をmouse機に繋ぐ、開く、ところがそこにあるのは古い情報。簡単に言えば「保存しなかった」と同じ状況である。仕方なく1USBを持参して、再度DELL機を起動して、保存し直そうとすると何とちゃんと保存されているではないか。それでも再度保存し直して、さらに全く別のカードにも保存して2つを持ち帰る。
①少し前には3USBのうち1つだけには保存がされていて再度の手間を省くこともあった。また携帯ハードディスクに残っていて助かった。
②ある時は確かに日時の通りに保存されていたので、クリックしたら開かない、よく見たら「0」バイト。
③mouse機で保存したUSBを持参して、DELL機で開いて「アレッ」と思うことは一度もない。
▲今日の失敗。それは昨日の続きである。昨日一部のファイルを「OneDrive」に保存しようとした。USBの代替・補完の役をさせようと。ところがものすごい量のファイルを勝手に呑み込み始めた。私が取った手段はシャットダウン。そして今日気づいた。相当数の情報が吞み込まれている。そこで削除を始めた。しばらくして気づいた。デスクトップの30余のファイルやフォルダーその多くは消えて、縦1列が残されているだけだった。
明日はmouse機のそれをコピーして来て作り直しだ。
▲期待したほど雪は降らず、画像はその小雪の庭。
★「空申」はミスだった ― 2024年01月07日 10:41:52
▲今新しく「訂正報告‥‥」と名付けたエクセルファイルを作成した。以前作った同様ファイルに代るものだ。きっかけを作ったのが、表題の「空申」だ。
①資料作成当時からの経験で、この2文字を見てすぐミスと判断した。正解も分かっていた。「空中」である。一応原文と照合もした。
②ミスの原因は私を何年も悩ましているOCR作業上のミスである。私はOCRできなかった(古過ぎて)「征西戦記稿」は一字ずつ全て打鍵した。ただそのミスより、「懲役人筆記」等の作成に用いたOCRのミスが圧倒的に多い。今はほぼ完成しているが、やはり時にこのようなミスに出くわす。
③今回、一目見れば経験上すぐ分かるようなミスが見逃された理由は、この一文には「日付」を付けることができず、つまり資料として外してあったからだ。そのように資料にできなかった一文は「懲役人筆記」では3582件(全22553件の内の)ある。
④今回のOCRミス発見直後に発見したのは「山申」である。記事から推してこれは「山中」である。そこで「戦申」、「夜申」、「水申」等で検索したが、これらはいずれも皆無であった。ただその過程で見付けた別なミスが「能居」である。これは「罷居」が正しい。
⑤発見後の次なる作業は既に作成してある配布用のDVDを訂正することだった。合計10枚を間違いなく訂正した。一字のミスで、資料の価値を棄損する可能性は弱いのに、ミス発見の度毎にDVDの訂正は負担を感じる。そこで冒頭のファイル「訂正報告‥‥」の作成を考えた。
▲そのエクセルファイルは「字句訂正」・「日付訂正」・「地名訂正」の3シートである。
①一番イヤなのは「日付訂正」。これは資料作成の根本を揺るがす、多くの作業をもたらす。資料は日付順でまた所属隊名順であるから何段階もの作業が必要だからだ。また作業の必要性を再確認するまでしばらく今のままで、記録だけして置く。
②一番好きな作業は「地名訂正」だ。「不明」の文字が消えると一杯いただきたくなる。毎日10数件の不明地名解明に取り組み、多くは完敗の有様だ。
③最近考え付いた。「坂の下」・「坂下」は地名ではないのではと。下り切った地点の意味ではと。同様なら「坂の上」・「坂上」、「川上」・「川下」も。
④ある資料に「逓左して」とあった。これは前後の文章から「迤(ナナメ)左して」が正しい。すぐ原文「征西戦記稿」を見る。何故か活字がかすれてはっきりしない。「逓」としか見えない。しかしそれでは前後の文の流れに合わない。なお、「征西戦記稿正誤」にもその記載はない。
▲画像は庭のバラ。前日に撮ろうとしたら、ニコンのシャッターが機能せず撮影できなかった。パソコン2、カメラ1、全て限界に近づいている。
①資料作成当時からの経験で、この2文字を見てすぐミスと判断した。正解も分かっていた。「空中」である。一応原文と照合もした。
②ミスの原因は私を何年も悩ましているOCR作業上のミスである。私はOCRできなかった(古過ぎて)「征西戦記稿」は一字ずつ全て打鍵した。ただそのミスより、「懲役人筆記」等の作成に用いたOCRのミスが圧倒的に多い。今はほぼ完成しているが、やはり時にこのようなミスに出くわす。
③今回、一目見れば経験上すぐ分かるようなミスが見逃された理由は、この一文には「日付」を付けることができず、つまり資料として外してあったからだ。そのように資料にできなかった一文は「懲役人筆記」では3582件(全22553件の内の)ある。
④今回のOCRミス発見直後に発見したのは「山申」である。記事から推してこれは「山中」である。そこで「戦申」、「夜申」、「水申」等で検索したが、これらはいずれも皆無であった。ただその過程で見付けた別なミスが「能居」である。これは「罷居」が正しい。
⑤発見後の次なる作業は既に作成してある配布用のDVDを訂正することだった。合計10枚を間違いなく訂正した。一字のミスで、資料の価値を棄損する可能性は弱いのに、ミス発見の度毎にDVDの訂正は負担を感じる。そこで冒頭のファイル「訂正報告‥‥」の作成を考えた。
▲そのエクセルファイルは「字句訂正」・「日付訂正」・「地名訂正」の3シートである。
①一番イヤなのは「日付訂正」。これは資料作成の根本を揺るがす、多くの作業をもたらす。資料は日付順でまた所属隊名順であるから何段階もの作業が必要だからだ。また作業の必要性を再確認するまでしばらく今のままで、記録だけして置く。
②一番好きな作業は「地名訂正」だ。「不明」の文字が消えると一杯いただきたくなる。毎日10数件の不明地名解明に取り組み、多くは完敗の有様だ。
③最近考え付いた。「坂の下」・「坂下」は地名ではないのではと。下り切った地点の意味ではと。同様なら「坂の上」・「坂上」、「川上」・「川下」も。
④ある資料に「逓左して」とあった。これは前後の文章から「迤(ナナメ)左して」が正しい。すぐ原文「征西戦記稿」を見る。何故か活字がかすれてはっきりしない。「逓」としか見えない。しかしそれでは前後の文の流れに合わない。なお、「征西戦記稿正誤」にもその記載はない。
▲画像は庭のバラ。前日に撮ろうとしたら、ニコンのシャッターが機能せず撮影できなかった。パソコン2、カメラ1、全て限界に近づいている。