★思わぬ地名説明の変更2020年06月20日 20:59:32

▲以下の資料にある「日向文黌」について、これは以前にも扱っていたので気は乗らないが、一応取り組むことにした。
◎日記から得た資料、1877年4月8日。
●八日雨甚し●都満を発して広瀬に達す、時に中外、公の深意を知らず動もすれば公を目して反覆となすに至る、本営盖亦之を疑ひ人をして再び兵を出さん事を促す、公戒むる心あり、日向文黌に会して、衆と飲み、別れを告げて大安寺に寓し(田村・長谷場及余と従ふ)、窃に時機を覘ひ舟を福嶋口に艤して東上をはかる※都満(妻、西都市妻、国道219・県道24・318・桜川、都萬神社)※広瀬(旧佐土原町下田島シモタジマ、国道10・県道14・326・石崎川)※日向文黌(不明、旧佐土原町)※大安寺(曹洞宗大安寺、西都市鹿野田、県道325)※福島口(旧佐土原町下田島、県道372・一ツ瀬川)【20036047】:(1)
 先ずは私の定番の平凡社電子書籍に頼る。ヒットせず。そこでこの学校と関係ある人物「島津啓次郎」を念頭にネット情報を集めることにした。その最初の情報にあった言葉にびっくりした。上の原文には「日向文黌」とあるが、これが「日」と「向」が縦に並んだ「晑(キョウ)」の一字となって、「晑文黌キョウブンコウ」となっていた。この文字の意味は「明るい」「明朗」となるらしい。次は佐土原のどこにあったのかである。「晑文黌」を打ち込んだら佐土原(現宮崎市佐土原町)の少し前の広報誌にヒットした。そこには地名と「松下工場跡地付近」との文字があった。
 かくして不明地名は以下のようになった。
※日向文黌(晑文黌キョウブンコウ、旧佐土原町下田島字天神、パナソニックCC九州株式会社付近)
 ただいまはなお上記の通りの「不明」のままの状態である。私としては最後にある2文字「付近」を外したい。そして関係ファイルを訂正したい。
それにはあのマスクをして、あの10万円で現地へ出かけて確かめるしかないのかも。
▲画像は6月某日の我が家の庭の花。

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